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月刊人事マネジメント「この業界の人事に学ぶ 〜インド舞踏家編〜」

2011.04.19
株式会社ビジネスパブリッシングが発行する月刊誌「月刊人事マネジメント」3月号に「この業界の人事に学ぶ 〜インド舞踏家編〜」としてMiyabiの取材記事が掲載されました。出版元より許可を頂きましたので、当サイトにも転載いたします。
IT’S A SMALL WORLD
この業界の人事に学ぶ
〜インド舞踏家編〜
取材・文/坪義生
▶OLに人気の習い事といえば、ヨガ、フィットネス・エクササイズ、料理、英会話が上位の常連である。健康志向から身体を動かす習い事の人気は高い。最近ではフラダンスやベリーダンスといったダンス系もベスト10にランキングされるようになった。ダンスは情熱的で激しいもの、社交ダンスのように緩やかで上品なものなど、実に多彩だ。自分が求めるダンスに巡り合ってその魅力の虜になるOLもいる。今回は、東芝の研究職からインド舞踏家に転身した佐藤雅子さん(みやびカタックダンスアカデミー主宰)にお話を伺った。

■ 業界:本場インドでは家元制で秘技を伝える

◎古典理論から地域様式へ発展

ダンスの起源については、明らかなことは分かっていない。ただ、『ナーティヤ・シャーストラ』でヨーロッパのクロマニヨン人の洞窟壁画に集団で踊っている描写があるほか、古代遺跡で発掘された遺物にも踊る姿が描かれたものは多い。現在でも世界中に伝統的なダンスは残っており、古来より、地域を問わず、宗教・呪術行為や権力者の観賞のほか、求愛行為として行われてきたことがうかがい知れる。

インドでも、紀元前に栄えたモヘンジョ・ダロやハラッパの遺跡から踊り子とみられる像が発掘されている。また、サーンチー、マトゥラー、エローラなどの古代寺院には、舞踊のポーズをとる像が多数、現存し、これらのポーズは、舞踊・演劇に関する古典理論書の記述と一致する(平凡社『世界大百科事典』)。
中世には、『サンギータ・ラトナーカラ』などの舞踏の理論書が多く書かれた。やがて、地域ごとに異なる言語や文化が発達し、各地域で理論書や指南書が作られるようになる。古典理論を踏まえながらも地域様式が成立し、現在のインド舞踊へと発展してきたとされている。

◎インド4大舞踏の1つ「カタック」

インド舞踏の種類は多い。そのなかで、マニプリ(北東部)、バラタナティヤム(南部)、カタカリ(西部)、カタック(北部)の4つは、「インド4大舞踊」と呼ばれている。
マニプリは、北東部国境近くの山々に囲まれたマニプル州の舞踊で、現在ではビシュヌ信仰を最も強く反映した舞踊とされる。バラナティヤムは、タミル地方の巫女の舞踊に起源を持つ。カタカリは、歌舞伎や京劇に似た仮面のような隈取りをして踊るもので、男性だけで演じられる。

カタックは、イスラムとヒンドゥーの両方の影響を受けて成立した。
「ムガル帝国がインドを統一したことで、16世紀から17世紀にかけて王侯貴族の庇護の下に新しい舞踊文化が創られました。トルコ・ペルシア音楽とインド音楽が融合し、時代を経てインド的に発展したんですね。ジプシーたちの移動とともにその土地の舞踊と融合し、独特の旋律で踊られる新しい表現形式を形成しました。カタックダンスはフラメンコの源流とも言われています」(佐藤さん)

◎本家の師に伝授されてこそ一流

インド舞踏のレッスンを開講しているスクールは少ないながらも国内にはいくつかある。ただ、趣味で踊るのであれば別だが、将来、プロとして活躍するには、師が誰であるかが重要となる。
その理由は、インド舞踏は、歌舞伎や能などの日本の伝統芸能の家元制のように一つの家族が代々伝えてきたからだ。代々続く秘儀は、直接、師匠が後継者に伝授する。カタックでは、主な流派として、ヒンドゥー文化とイスラム文化が融合した舞踊を伝えるラクノウ派、ヒンドゥー神話を踊るジャィプール派、バナーラシー派などがある。
うち、最も古い伝統を持つのがラクノウ派であり、現在の家元は、7代目のパドマビブーシャン・パンデット・ビルジュ・マハラジ師である。
佐藤さんは、インド国立舞踏学校カタックケンドラで学んでいるが、在学中も含め、9年間にわたってマハラジ氏の薫陶を受けた。
バレエダンサーのように留学後、オーディションに合格することが不可欠とはなっていないものの、インドの伝統芸能である以上、佐藤さんのように本流の道筋をたどらなければ一流のプロとなるのは難しいだろう。(続く